Top
  >  Diary   >  じーじとの思い出

12/12の朝、仕事中。MTGの直前に、母からのLineを見て、ああ、ついにこの時がきてしまったと感じた。

うちのじーじは、ここ10年ほど糖尿病で闘病していて、最近は老人ホームで介護を受けていた。二年前には余命1ヶ月と宣告されたが、薬も点滴もせずに、食べ物だけで二年ほど生きた。食べることが好きだったじーじらしい。最期は骨と皮だけになって、もうほとんど骸骨みたいになっていた。

「自分を削って、生きた証拠だね」

と母は言ったけれど、写真の中のふっくらして健康そうなじーじを思い浮かべると、どうしようもなく辛くなる。

じーじは、母が「人生でじじには一度も怒られたことがない」と言っていたように、とても優しくて、いつもニコニコしていた、とても温かい人だった。

毎週水曜日に家にきて、「お寿司でも食べるかね〜」と言って、私と、弟と母を連れ出してくれた。

私と弟だけで預かってもらっていたときは、親に何も言わずにトイザらスへ行って、おもちゃを山ほど買ってもらった。最終的に親には必ずバレて、怒られていたけれど。

そんな風に一緒に楽しく過ごした記憶は、もう随分と前のもので、あまり覚えてさえいない。もっと一緒に過ごせばよかった。いつも人が亡くなってしまうと、後悔するのはわかっているのに、なんで足が遠のいてしまうのだろう。

最近では一年に数回会いに行く程度だったのだけれど、幸いにも私は亡くなる1週間前に会いに行っていた。もうじーじは骨と皮だけで、一度目を開いたけれど、私と母に気づいたのかどうかはわからない。でも、最期に会っておいてよかった。

「もうダメかもしれない、今度こそ」

と母がそのとき言っていて、一週間もたたずに逝ってしまうとは思わなかったけれど。

会社でじーじが亡くなったことを聞いたとき、泣きもせず、慌てもしない私を見て、きっと周りの人たちは冷たいとか不気味だとか思ったかもしれないけれど、ずっと前から覚悟はしていたし、人が死ぬのは自然なこと。もちろん悲しいけれど、残された私たちは生きていかなければいけない。

明日と明後日はお葬式で家族で集まるので、心ゆくまで泣いて、じーじを送りながら、家族で過ごそうと思う。

じーじ、今までありがとう。

あなたのたった二人だけの孫より。

フランス・パリに1年留学。ニューカレドニアで7ヶ月就労。現在は日本でOL生活。フランスが好き。フランス語勉強中。